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prologue


 新雪は、粉砂糖のようにさらさらで真っ白だけど、ひどく重たい。歩くたびに足は白の沼に沈み、体力と体温を奪われていく。
 もう、どれくらい歩いたのだろう?
 スーリン・ミリアは、立ち止まって、空を見上げた。木々の間から、雪はとめどなく落ちてくる。ずっと見ていると、このまま無限の世界へ吸い込まれてしまいそうだ。吐く息は白く、手足の末端には感覚がほとんどない。
 でも、ここで立ち止まっているわけにはいかない。この森を南へ歩きつづければ、太陽神殿領にたどり着ける。そうすれば、『勇者』に会える。聖剣を使いこなし、この世界を救ってくれる『勇者』に……。
 少女は、そう信じて雪が降りしきる深い森を独りぼっちで歩きつづけていた。大地神殿領恵都エルデの中央神殿を出て、一週間になる。たった一週間しか 経ってないのに、神殿にいたのがもう何ヶ月も前の事のようだ。最初は仲間達がいた。体力もあったし、眠る場所も食べ物も何とか確保してきた。でも、森に入ってからは、それもままならない。小さな洞窟や大きな木の洞で、獣を恐れながら凍えて眠り、僅かな食べ物を小分けにして細々と食いつないで、歩きつづけてきた。食物を調達しようにも、雪の中では木の実も見つからないし、スーリンには獣を狩るだけの力はなかった。例えあったとしても、どうやって、食べられる状態にしたらいいのか、彼女には皆目見当もつかなかった。
 このまま、野垂れ死にかもしれない。強烈な眠気に襲われながら、スーリンは思った。そんな思いを慌てて心の隅に追いやり、聖剣をぐっと抱きしめる。今のスーリンにとっては、この頼りなげにも見える細身の短剣が全てだった。神官長様の言葉が思い出された。これさえ『勇者』に渡せば、世界は救われる。だから、その時まで、絶対に倒れるわけにはいかない。それが、自分の役目なのだから。
 雪に閉ざされた前方を見つめて、感覚のなくなりかけた唇をかみ締め、少女は終わりの見えない道の一歩を踏み出す。


 真っ白い世界に、同じくらい真っ白なウサギが一匹。
 雪が降りしきる森の木々の間を滑るように駆け抜けていく。その傍らを小さな妖精が寄り添うように飛んでいる。
 白ウサギは突然立ち止まると、あたりをきょろきょろと見回し、鼻をひくひくとせわしなく動かし始めた。
「何かいる」
「何……?」
 雪の妖精のリフルも、あたりを見回してみた。何も変わったものは見えない。ただ、雪の積もった木々とひっきりなしにふわふわと空から落ちてくる白い結晶の固まりが見えるだけだ。風が出てきた。一カ所に留まりながら飛ぶのが難しくなってくる。
「ソフィア……?」
 リフルは、ウサギの名前を呼んだ。
 彼女は、何も答えない。かすかに漂ってくる匂いを逃すまいとするように、顔を上げてくんくんとまわりをかぎつづけていた。
 小さな妖精は、ため息をついて、雪をかぶった枝に座ってウサギを眺めた。
 ソフィアと一緒にいるのは、彼女が心配だからだ。実はものすごく強い。魔法も使える。でも、リフルから見ると、冬の時期しかこの世界にこない自分以上に、何も知らないし、常識もない。いつも、眠そうにぼーっとしている。放っておいたら、何をするか本当に分からない。だから、リフルは彼女に付いていくことを決めた。言ってみれば、監視役というかお守り役のつもりなのだが、ソフィアの方は、彼の事を弟子か使い魔のように思っている節がある。
「行くぞ」
 リフルを見上げて、一言いうと、ソフィアはウサギの足で雪をけって駆け出していく。
「待ってよ。どこ行くの?」
 彼女は何も答えず走り続ける。黙ってついて来いと言うことだ。リフルは慌てて、枝をけって、白いウサギを追った。



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